チビチリガマ


1945年4月3日にこの地区の住民が集団自決したことで知られるガマ。
左がガマの入口。右が「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」。
詳しくは他の方が作られているページをごらん下さい。
沖縄の悲劇の1ページであることは確かです。

ここへは階段を下りて少し進んだ先にあるのですが、
下りた時から、何か周囲とは違う空気が流れていました。
清冽な気を感じる、沖縄ならではの戦跡でした。

このガマは、もちろん近代土木ではありませんが、
戦争遺跡として、いろいろ感じる所があったので、ページを作成致しました。
なお、ここへは司令部壕に行った翌日の1月2日に訪問しました。

沖縄県読谷村


平和の像の上部。意味深な像である。


ガマ内部を立入可能なギリギリの所から撮影。
さすがに中へは入れませんでした。
20年程前までは、中に遺骨や遺品が散乱していたそうですが・・・。